演技が上手くて男前で素晴らしい歌唱力を持つ柿澤勇人さん。
NHKの朝ドラ「エール」でも素晴らしい存在感を見せてくれたことは
記憶に新しいかと思います。
そんな柿澤勇人さんって実は家系が物凄い一族だったのです。
そこで今回まとめた内容はこちら。
●柿澤家は江戸時代より代々受け継がれている芸能の家元?
●曾祖父・柿澤竹蔵は人間国宝
●祖父・ 柿澤壽夫も人間国宝
●父親は?親戚や従妹も有名人?
柿澤家は伝統芸能・清元節を受け継ぐ一族
清元節とは、江戸時代後期に生まれた三味線の伴奏による浄瑠璃(劇場音楽)の流派の一つです。
柿澤勇人さんの、ひいおじいさんの柿沢竹蔵氏が、弟子入りして清元の名を襲名したことから、柿沢家の清元節の継承が始まりました。
曾祖父・柿沢竹蔵の経歴
1898年4月25日、神奈川県生まれ。
15歳の時に、清元節の清元延小家壽(のぶこやす)に弟子入り。
すぐに頭角を現し、様々な舞台で脇を固め経験を積む。
26歳で清元の名を名乗ることが許され初代清元志壽太夫(きよもと しずたゆう)を襲名した後は数々の舞台で重宝され実績を積み重ねる。
分裂気味であった流派を統率し、業界に大きな影響を与えたことによってさらに一目置かれる存在となる。
それらの功績が称えられ1956年には清元節では初となる重要無形文化財保持者(人間国宝)として各個認定されました。
1999年(平成11年)1月1日に101歳で亡くなられました。
祖父・柿澤壽夫の経歴
1927年6月24日、清元志壽太夫の長男として神奈川県横浜市で生まれます。
6歳の時に三世清元榮次郎に弟子入り。
17歳で清元榮三郎を名乗り、初舞台を踏む。
その後は、父の影響もあってか、様々な舞台へ引っ張りだこになり活躍。
東京芸大の音楽学部で講師も務める。
1996年には重要無形文化財「清元節三味線」の保持者(人間国宝)として各個認定されました。
現役で親子二代にわたる人間国宝として活躍するという稀有な記録も残しました。
晩年は癌と戦い、2002年の大みそかに亡くなられました。
父親も芸能人なのか?
柿澤勇人さんのお父さんも、家元なのでしょうか?
曾祖父・祖父と人間国宝であるくらいだから、お父さんもそれなりの著名人だと想像しますよね。
しかし、お父さんの情報があまりないところを見ると、伝統芸能を受け継いでいる感じではなさそうです。
どうやらお父さんは長男ではないため、その道に進んではいないようです。
柿澤勇人さんが、俳優を目指すと伝えたときには猛反対したようです。
子供のころから厳しい芸能一族を目の当たりにしていたからかもしれませんね。
親戚や従妹は?
柿澤勇人さんの、従妹は伝統芸能をしっかりと受け継いでいますね。
祖父・柿澤壽夫さんの長男筋の家系ですね。
清元一太夫という名で幼少のころから、活躍されています。
他にも義理のお姉さんにプロフィギュアスケーターの村主千香さんがいます。
あの有名なフィギュアスケーター村主章枝さんの妹さんですね。
まとめ
今回は今注目の人気俳優、柿澤勇人さんの家系について書いてみました。
ひいおじいさんとおじいさんは江戸時代から続く伝統芸能の演者で、人間国宝です。
従妹はその伝統芸能をしっかり受け継いで現役で活躍されている清元一太夫さん。
義姉はプロフィギュアスケーターの村主千香さんです。
柿澤勇人さんは凄い一族の人間だったのですね。
抜群の演技力と表現力の高さは育ってきた周りの環境が生んだ賜物でしょう。
そうなると、今後ますます活躍して、日本を代表する俳優になるのではないでしょうか。
目が離せませんし、楽しみですね。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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